2012/08/01

ざっくり観劇レポート:『奇怪な地域バス旅行―城北洞(ソンブクトン)』

今年のソウル・マージナル・シアター・フェスティバルも無事に閉幕。(ずっと前にね…)

フェスティバルの演目のうち、いくつか観劇レポートを書こうと思っていたのに、毎度のことながら日々の波に押し流されて、気付いたら7月も終わろうとしている!
こんなはずでは!

(猛省)…というわけで、今更ながら、『奇怪な地域バス旅行―城北洞(ソンブクトン)』の観劇レポートアップします。
公演基本情報はこちらのページを参考にしてください。

★『奇怪な地域バス旅行―城北洞(ソンブクトン)』ざっくり観劇レポート★
まず、このサイト・スペシフィックな作品の会場となる城北洞(ソンブクトン)について。
漢字で「城」の「北」と書かれるように、朝鮮時代に都城の北側に位置していたことが由来の地域。現在も城郭や史跡が数多く残されており、ソウル屈指の高級住宅街としても有名です。(ヨンさまもここに住んでいる)。
一方、高級住宅街とは反対側、城郭に近い高台には、タルトンネ(韓国語で「月の村」を意味し、貧困層の人々が多く暮らす集落のことをこう呼びます。)があり、急な斜面に小さな家がたくさん建ち並んでいます。
実はこのタルトンネ、国有地の中にできた村であり、ここの住所「城北洞山21番地」には、現在も100世帯以上、300人余りが住んでいます。1950年代中ごろから、ソウル市の発展による人口増加、都市開発で住むところを追われた貧しい人々がこの場所に住み始めたのが始まりで、一般的な家のように、基礎を作ってじっくり家を建てていたのでは、途中で警察に見つかって潰されてしまうので、ここの家は一晩のうちに急いで外壁と屋根をつくり、それからじわじわと家の内部を作っていく方法で不法に集落が形成されたそう。
そんな城北洞のタルトンネ地域も、高級住宅地として再開発しようとする計画が数年前に立ち上がりました。再開発となれば、もちろんここに住んでいる人たちは立ち退かなければなりません。
しかし他の場所に移れる経済力があればもう移っているでしょうし、ここに住んでいる住人も高齢化が進んでいて、お互いにこれまで助け合って生きてきた中で出来上がった強いつながりを持つコミュニティをバラバラにしてしまっていいのか、再開発を巡って、様々な議論がされています。

さて、城北洞タルトンネの説明はこのくらいにして、いよいよ公演についてレポートします。
この公演に参加するためには、漢城大入口(한성대입구)駅6番出口にあるマウルバス(緑のバス)の停留所から、03番のバスに乗らなくてはいけません。
城北洞タルトンネに向う、唯一の公共交通手段です。

バス停にも今回のチラシが貼ってあります。

バスはどんどん急な坂道を登ってゆきます。
バスに揺られること10分くらい?
目的地に到着し、バスを降りると劇団員扮する村人たちが熱烈に歓迎してくれます。
そして手渡されるのが「大韓民国」と書かれたパスポート的な何か。

パスポートの中身はタルトンネの写真と、文章。これはどうやら公演パンフレットのよう。

バスを降りた場所にはククス(うどん)屋さんがあり、どうやらここは村の人達がよく集まるコミュニティ広場のよう。村の住人達もご飯を食べたりおしゃべりをするため集まっており、観客と村の人達が入り交ざった状態で開演時間まで待ちます。

観客に混ざってラジコンで遊ぶ、住民の男の子。

開演時間。
先程までみんなが腰かけていた舞台に役者さんたちが登場し、お芝居が始まります。
郵便配達員が郵便を届けに来たけど全員同じ番地に住んでいるから配達員が困った話や、ひとつの洗面器に入ったご飯をみんなで分け合って食べるエピソードなど、この村に住む人たちにインタビューした内容をもとに、これまでの村の日常が面白おかしく描かれます。
そしてそれを見て誰よりも爆笑していたのが、実際にここに住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんたち。

見づらくてすみません。お芝居中。
左奥に見える縁側のような場所にも村人が集まっており、
ところどころ突っ込みを大声で入れてくる(笑)

広場でのお芝居が終わったところで、劇団員がガイドとなり、いよいよこの地域のツアーが始まります。公演タイトルが「奇怪な地域バス旅行」なので、てっきりバスで周るのかと思っていたら、バスが走れる道は村には一本しかなく、他は細い路地なので観客は3つのグループに分かれて歩いて周るということでした。え、私サンダルだよ...orz...

細い路地を進むと、そこには畑が。
ガイドが観客に「しーっ!」と口に人差し指を当てるポーズを見せ、声を出さないように指示します。(基本的にガイドは終始無言。ボディランゲージで観客にいろいろ指示してきます。)
観客が静まり返ったころ、植えられた作物のうしろからひょっこり何かが顔を出します。
「地獄先生ぬ~べ~」に出てきそうな謎の生き物。
顏はおじいさんで、体は白と赤の毛に覆われた巨大生物。
巨大生物は、こちらには気づかない様子で山の奥に消えていきました。


次に案内されたのは、かわいい庭がついた家。
家のドアは開いており、中が見えます。
突然音楽が流れ始め、家の中から劇団員の女性と住民のおばあちゃんがダンスを踊りながら出てきます。観客も手拍子で2人のダンスを見つめます。
ダンスが終わると2人ともまた家に戻っていきました。


そして、火事で燃えて放置されている家の後ろを通りぬけ・・・


燃えた家の前では韓国の伝統楽器が演奏されています。


しばし演奏を聴いた後に移動すると、とある民家の前には謎の毛むくじゃらの生物(今度は小さい)と、ヘグム(韓国の伝統的な弦楽器)を演奏するお兄さんが。
お兄さんと謎の生物によるお芝居に突然、住民と思われるおじいちゃんが乱入し(笑)、謎の生物とたわむれ始めます。これには観客も大爆笑。


謎の生物とおじいちゃんを残して、ツアー一行は先に進みます。
今度は、城郭を背景にした巨大な影絵。
男性と女性がキスしようとしたら、男性の首が取れて、しかも2つに分裂して…というこれまた不可思議な影絵の世界。


住民のみなさんもツアーの動きを見て「そろそろ始まるのね!」と、家から出てきて一緒に観たり…。


影絵が終わると、実際にツアー一行も城郭まで進みます。
城郭の上にも謎の生物がいたのですが、写真撮りそびれました!すみません。

城郭を通り抜けると、石垣の斜面にこの村のミニチュアが。
だんだん家ができ、明かりがともり、バスが通り、というこの街の成り立ちを小さなおばあちゃんの人形をつかって温かく描きます。


ふもとまで降りてくると、再びヘグムを演奏するお兄さんと、布団に巻かれた謎の女性。
布団にまかれた女性は顔はお面でできていて、少しホラーな雰囲気。
特に何をするというわけでもなく、そこにおりました。


ようやくツアー一行が、最初に集まった村の広場に戻ってきました。
すると畑で見たあの生き物も山から下りてきて、その生き物を交え、今度はマダン劇が始まります。
しかしこの会場、村唯一の車が通れる道路なので、劇の途中でも自動車、タクシー、バス、パトカーが通り抜け、そのたびに劇は中断します(笑)
なんだかんだで劇は進行し、結局、この生き物の正体がわかり、悪さをするために村に降りてきたのではない、この村の生活を見守っているのだ~ということで、めでたしめでたし。
劇団員も観客も住民のみなさんもなぜか一緒に踊りだして大団円で終演。


ちなみに終演直前の動画はこちら。この終わり方はとても韓国的だなぁと思いました。



ソウル在住者でもなかなか足を運ぶことのない城北洞のタルトンネですが、ツアーに参加することで知らず知らずにいろいろな場所を見て回ることになり、ここに家があり、畑があり、人々の生活があり、そして住民同士の強いつながりがあることを強く体感することができる公演でした。

ツアーの中で展開されるショートストーリーや演奏一つ一つを見てみると、タルトンネにちなむものもあればそうでないものもあります。(一見関係ないように見えて、実はふかーく掘っていくとどこかで繋がっていて、私が分からなかっただけかもしれません。)
このタルトンネを舞台に、リアルとファンタジーを混ぜながら自分たちの世界観をうまく創り上げており、単純にここの再開発反対を訴えるための演劇ではなく、あくまでも観察者の視点で、「国有地に不法に住んでいる人々」で括られないとても小さなエピソードが、歴史が、ここには詰まっているんだと、そんな当たり前のことを改めて感じさせられる作品でした。