みなさま、明けましておめでとうございます。
気付いたらこのブログを1年以上も更新できずにいたようです…。なんという!
なのに月間ビュー数は常に1,000件を超えている。つまり何も更新されていないブログに1日30回以上訪問があるという…。泣ける……。ううう…。ありがとうございます。
せっかく来ていただいたのに「なんだ更新されてないや」とがっかりさせていたのではないかと…。ほんと……すみません。
(こんなに見てくれている人がいるとは思ってなかったのです…)
とはいえ、「ブログネタ」というメモは常に持ち歩いていて、「時間ができたらこれをブログに書くんや!」と思ったまま、ネタだけが積み重なっている状態なので、それを今年はちゃんと文章化していくんや!と思ってます(今度こそ…)
たまに堪えきれずにtwitterに連投とかしてたけど、やっぱりtwitterのインターフェースって長々書いたりするためのものではないので、不完全燃焼のまま終わることもあり。過去にtwitterに連投したものも、140字に収めるために粗削りした部分も含めてあらためて丁寧にまとめ直したいとも思ってます。
それから、制作知識とか、働き方とか、キャリアの積み重ね方とか、もしなにか私に聞いてみたいことがあるという奇特な方がいましたらマシュマロを用意しましたので、私に、マシュマロを投げつけてくださいませ。シュッ==3
それでは今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2018/01/03
2016/03/13
ブログを書くということ。
2015/05/09
GW中に1日8時間も「コーチング」の講座を受けていましたよ、
みなさまゴールデンウィークはどのようにお過ごしでしたでしょうか?
ゆっくり休まれた方も、反面仕事バリバリやっていた方も、そして緑茶大国で観劇三昧だった方も、各々の過ごし方をされていたことと思います。
今年のゴールデンウィークの自分にとっての最大イベントは「コーチングの講座」を受けることでした。みなさん、「コーチング」って聞いたことありますか?
以下はウィキペディアからの抜粋ですが…
コーチング(coaching)とは、人材開発の技法の1つ。対話によって相手の自己実現や目標達成を図る技術であるとされる。相手の話をよく聴き(傾聴)、感じたことを伝えて承認し、質問することで、自発的な行動を促すとするコミュニケーション技法である。
う~ん、これを読んでもよく分からないですよね…。
ゆっくり休まれた方も、反面仕事バリバリやっていた方も、そして緑茶大国で観劇三昧だった方も、各々の過ごし方をされていたことと思います。
今年のゴールデンウィークの自分にとっての最大イベントは「コーチングの講座」を受けることでした。みなさん、「コーチング」って聞いたことありますか?
以下はウィキペディアからの抜粋ですが…
コーチング(coaching)とは、人材開発の技法の1つ。対話によって相手の自己実現や目標達成を図る技術であるとされる。相手の話をよく聴き(傾聴)、感じたことを伝えて承認し、質問することで、自発的な行動を促すとするコミュニケーション技法である。
う~ん、これを読んでもよく分からないですよね…。
2015/04/06
実感的ものがたり:もし舞台芸術制作者志望の大学生が10人いたら
10人のうち、8人は女子で2人が男子でした。
10人のうち2人は公立のホール(財団)に新卒で就職が決まりましたが、残りの8人は就職先が見つからず、またある人は就活する気すらもともと無く、バイトをしながら、色々な現場のアシスタントとしてキャリアをスタートすることになりました。
といっても、数名は大学時代から関わっていた劇団やダンスカンパニーの制作ではあったので、一応所属はありました。が、そこから給料が出るわけもないのでバイトは欠かせないのでした。
休みが無くても、現場の給料が安くても(時にはノーギャラでも)
「自分がやりたいことを仕事に出来てるんだから幸せ。私はお金じゃない報酬を得ているんだ。」
と10人は自分に言い聞かせながら、それぞれのモチベーションで毎日ガムシャラに頑張っていました。
「自分がやりたいことを仕事に出来てるんだから幸せ。私はお金じゃない報酬を得ているんだ。」
と10人は自分に言い聞かせながら、それぞれのモチベーションで毎日ガムシャラに頑張っていました。
20代中盤になりました。
数年の実務経験を経て、バイトを掛け持ちしながらやっていた8人のうち3人は公立ホールやイベントの事務局、民間制作会社などに就職しました。1人は所属していた劇団の活動が軌道に乗りはじめました。
2015/03/10
韓国のフェスティバル・ボムのCooperate Producerになってます。
寒い、寒い、めっちゃ寒いですソウル。
今はマイナス6度。さらに暴風が吹いているので体感としてはマイナス20度くらいですよ!
(実際にモントリオールでマイナス20度は体験したことありますよ、鼻毛も凍る寒さ。その位寒い。)
先週で『NEXT国際文化交流アカデミー“フェスティバル・ボムと一緒に行う、1110プロジェクト”』は終わったのですが、まだソウルにいます。
今何をしているかというと…
ソウルで毎年3月・4月に開催されている国際ダウォン芸術祭「フェスティバル・ボム」にてCooperate Producerという肩書をもらって、なんだかんだいろいろやってます。
フェスティバル・ボムとはこれまでも何度かお仕事したことはありますが、それはあくまでも日本側の担当者としての立場でした。
今回はフェスティバルの中の人になっているというのが、圧倒的に違うわけですが、言葉も文化も違う「中」でプロフェッショナルとして仕事をするのはめっちゃ緊張します。
いや、でも素晴らしい経験にできるように残された滞在期間頑張ります~。
今年のボムのおすすめ観劇スケジュールなど、個人的にもブログなどにアップできたらと思ってます。とりあえず、4月16日~4月19日にソウルにいるのが一番いいのかも?
明日はマイナス10度になるらしく、みなさんがソウルに来るころには春が訪れていることを願うばかりです…。
今はマイナス6度。さらに暴風が吹いているので体感としてはマイナス20度くらいですよ!
(実際にモントリオールでマイナス20度は体験したことありますよ、鼻毛も凍る寒さ。その位寒い。)
先週で『NEXT国際文化交流アカデミー“フェスティバル・ボムと一緒に行う、1110プロジェクト”』は終わったのですが、まだソウルにいます。
今何をしているかというと…
ソウルで毎年3月・4月に開催されている国際ダウォン芸術祭「フェスティバル・ボム」にてCooperate Producerという肩書をもらって、なんだかんだいろいろやってます。
![]() |
| クレジットページにも名前を載せていただきまして… |
フェスティバル・ボムとはこれまでも何度かお仕事したことはありますが、それはあくまでも日本側の担当者としての立場でした。
今回はフェスティバルの中の人になっているというのが、圧倒的に違うわけですが、言葉も文化も違う「中」でプロフェッショナルとして仕事をするのはめっちゃ緊張します。
いや、でも素晴らしい経験にできるように残された滞在期間頑張ります~。
今年のボムのおすすめ観劇スケジュールなど、個人的にもブログなどにアップできたらと思ってます。とりあえず、4月16日~4月19日にソウルにいるのが一番いいのかも?
明日はマイナス10度になるらしく、みなさんがソウルに来るころには春が訪れていることを願うばかりです…。
2015/03/01
フリーランスの制作者であるということ、いろいろ。
昨年の自分は半分フリーランス、半分組織に所属みたいな1年だったわけですが、まぁそんな働き方もフリーランスならではの選択だとすると、フリーランス3年目が終了して4年目に突入しました。
フリーランスという働き方だからこそ見えてきたことはたくさんあって、いつかそのことをちゃんと書こうと思っていたらズルズルとこんな時期になってしまいました。
まず、これはよく周囲の人にも言っているのですが、どんな業界でもその業界が活性化するためにはそこで働く人の働き方の多様性が認められるべきだと思うんです。
つまりは、いろんな働き方をしている人たちが協働しながらその業界を支えているイメージ。
舞台芸術制作者の所属だけででいえば、劇場に所属している人、フェスティバル等催事の事務局に所属している人、劇団やカンパニー等芸術団体所属の人、アートNPO所属の人、ほかに中間支援団体とか、助成団体所属の人、そしてフリーランスの人達が協働するからこそ単独ではできない多様なプログラムが可能になってくると思うんですね。
所属だけではなく、正規雇用、非正規雇用など各所属の中でもさらに働き方はいろいろあると思うのですが。
で、フリーランス制作者として生きてみてよくよーく分かったのは、結局今の業界でフリーランスが必要とされるのは、ある組織の催事やプログラムにおいて物理的に人手が足りない時。
つまりは各組織のマンパワーの不足を補てんするためのポジションで、そしてその投入タイミングとしても、組織から見たときに無駄のないタイミング、即ち催事ギリギリということはよくあるわけで。
組織のスタッフというのは、ある程度暇な時期(歩行)、催事に向って少しやること増えてきた時期(早歩き)、催事が近づき残業増えてきた時期(助走)、催事直前(疾走)、催事期間(全力疾走)を繰り返して、1年間のなかでのペースを作っていると思うんですね。
フリーランスが入るのは、このペースの中でいえば良くて助走、だいたいの場合は疾走からになります。そして入った瞬間から、その所属組織のスタッフと並走できることが求められるわけです。
組織の人が疾走しているなか、遥か後方で歩いている人なんて正直投入する必要ないとみなされますから。
フリーランスはそうやって、ある現場が終われば次の現場へと、あらゆる最前線で疾走し続けるわけですから、これは本当に物凄い体力が必要です。そして、それだけ最前線を踏み続けると、経験・知識・人脈も着実に積み重なっていきます。
じゃあ、そうやって経験・知識・人脈を蓄積したフリーランスの「現場の人員不足の補填」以外の活躍の場は?
この業界、やっぱり村長は村から選ぶみたいな習慣があると思うんですね。
だからたとえばフリーランスという身分のまま、組織の企画段階から関われたりすることはほとんどなくて、その組織のプロデューサーなりディレクターが企画して、予算も何も大枠が決まったところでフリーランスにぽんと飛んでくることはあるけれども、やっぱりフリーランスという身分のまま組織の(ある単発プログラムだけでも)プロデュースを任せられるみたいなことは本当に少ないと思います。もちろんそこには、いざという時に責任を誰が取るのかという問題と関わってくるので、難しい問題だと思いますが。
だから、蓄積した経験・知識・人脈の使いどころがない。これが、フリーランスが最終的にまた組織に戻っていく理由の一つだと思います。
もうひとつの理由が、やっぱり労働環境がよくないこと。組織に所属していないので社会保険や福利厚生がないわけですから、その分自分で負担しなくてはいけないにも関わらず、労働に対する対価が安い。
最前線を踏み続けている人に対して、その人の持っている経験・知識・人脈に対する付加価値が考慮されているとは到底思えない価格設定になっているのはやっぱり「補填人員」という意識があるからなんじゃないかと。
このことについては自分も反省する部分があります。
つまり最初にフリーランスになったときはやっぱり不安だったんですね。それまで組織が守ってきてくれたものが、自分のスキルのみを武器にこの世を生き抜かないといけないわけですから。
海のものとも山のものとも知れぬ私に仕事を依頼してくれるのだろうか…とか。
だから正直最初はたとえほぼノーギャラに近い仕事があったとしても「自分に仕事をふってくれること」自体が嬉しかったわけです。だから対価よりも「行動すること」本位で動いて、いろいろな現場を踏めることがすごく勉強になったので、「お金じゃないもので対価を得ている」と思っていました。依頼された仕事に対して採算度外視で120%で返すことを本気で考えていましたし。
でも2年、3年と続けるとやっぱり目が覚めてくるわけですね。フリーランスという、なんの保証もないフィールドで己のみを武器に戦っているのだから、ちゃんと報酬を得るべきだと。そして保証がないからこそ、単に労働時間だけで換算された賃金設定ではいけないのだと。
最初に「労働環境がよくない」って書いたけど、そもそもフリーランスなんだからそこは自分でデザインすべきところでもあるわけですが、そういう意識が持てるまでにやっぱり3年かかりました。それは自分自身の能力に対しての自信や確信が持てるまでにこの時間が私の場合必要だったってことかもしれません。
これまでの話とちょっとずれるかもしれませんが、そもそもフリーランスってほかの業界でいえば、組織に所属している人が経験積んで知識や人脈ができてから移行するものだと思うのですが、この業界、なぜか組織の採用枠に「経験○年以上」とかいう縛りがあったりして、じゃあこの業界で働きたい人は最初はみんなフリーランスから始めるしかないのかい、と。ベクトルが逆ですよね。
人材育成を放棄した業界に未来はないですよ!
今までの話をまとめると、この業界のフリーランスっていうのはある期間通過するものにしかならないんですよね、つまりこんな感じ(超ざっくり)
卒業→「経験○年以上」が満たせないので自力で頑張るフリーランス→疲れて辞める。
卒業→「経験○年以上」が満たせないので自力で頑張るフリーランス→組織に所属→経験積んでフリーランスへ→結局組織に戻る
卒業→組織に所属できた→経験積んでフリーランスへ→結局組織に戻る
フリーランスのままで40歳、50歳を思い描くことが非常に困難です。
ここまでの話は組織に所属することが悪いと言っているわけでは全くないのですよ、あしからず。
フリーランスという生き方を選択しても、それが持続できない現状がどうかってことで。
組織ありきで、その隙間をフリーランスが埋めるのではなくって、組織でもフリーランスでも働き方の選択肢として選べて、それぞれの才能が活かせるようになることが理想だと思うんです。
だから私はあくまでフリーランスで頑張りたい。
そもそも私の性格や才能が活きる働き方はフリーランスだと自分でも思うんですよね。
このエントリーをわざわざ書いたのは、この視点ってこっち側に来てみないとたぶん気づかないものでもあると思うから、ちゃんと見える化しておきたかったんです。
最後に組織の人にお願い。
1.組織の人は打ち合わせの時間もちゃんと給料出るし、交通費も精算できますが、フリーランスは仕事になるまではノーギャラです。そのコストを理解してほしい。
2.お互い合意の上ならまだしも、そうでない場合は最初に謝金は提示してほしい。
今年は新しく始めることがいくつもあるので、また1年経った頃に自分の考え方や見える景色がどれだけ変わるか、我ながら楽しみでもあります!
フリーランスという働き方だからこそ見えてきたことはたくさんあって、いつかそのことをちゃんと書こうと思っていたらズルズルとこんな時期になってしまいました。
まず、これはよく周囲の人にも言っているのですが、どんな業界でもその業界が活性化するためにはそこで働く人の働き方の多様性が認められるべきだと思うんです。
つまりは、いろんな働き方をしている人たちが協働しながらその業界を支えているイメージ。
舞台芸術制作者の所属だけででいえば、劇場に所属している人、フェスティバル等催事の事務局に所属している人、劇団やカンパニー等芸術団体所属の人、アートNPO所属の人、ほかに中間支援団体とか、助成団体所属の人、そしてフリーランスの人達が協働するからこそ単独ではできない多様なプログラムが可能になってくると思うんですね。
所属だけではなく、正規雇用、非正規雇用など各所属の中でもさらに働き方はいろいろあると思うのですが。
で、フリーランス制作者として生きてみてよくよーく分かったのは、結局今の業界でフリーランスが必要とされるのは、ある組織の催事やプログラムにおいて物理的に人手が足りない時。
つまりは各組織のマンパワーの不足を補てんするためのポジションで、そしてその投入タイミングとしても、組織から見たときに無駄のないタイミング、即ち催事ギリギリということはよくあるわけで。
組織のスタッフというのは、ある程度暇な時期(歩行)、催事に向って少しやること増えてきた時期(早歩き)、催事が近づき残業増えてきた時期(助走)、催事直前(疾走)、催事期間(全力疾走)を繰り返して、1年間のなかでのペースを作っていると思うんですね。
フリーランスが入るのは、このペースの中でいえば良くて助走、だいたいの場合は疾走からになります。そして入った瞬間から、その所属組織のスタッフと並走できることが求められるわけです。
組織の人が疾走しているなか、遥か後方で歩いている人なんて正直投入する必要ないとみなされますから。
フリーランスはそうやって、ある現場が終われば次の現場へと、あらゆる最前線で疾走し続けるわけですから、これは本当に物凄い体力が必要です。そして、それだけ最前線を踏み続けると、経験・知識・人脈も着実に積み重なっていきます。
じゃあ、そうやって経験・知識・人脈を蓄積したフリーランスの「現場の人員不足の補填」以外の活躍の場は?
この業界、やっぱり村長は村から選ぶみたいな習慣があると思うんですね。
だからたとえばフリーランスという身分のまま、組織の企画段階から関われたりすることはほとんどなくて、その組織のプロデューサーなりディレクターが企画して、予算も何も大枠が決まったところでフリーランスにぽんと飛んでくることはあるけれども、やっぱりフリーランスという身分のまま組織の(ある単発プログラムだけでも)プロデュースを任せられるみたいなことは本当に少ないと思います。もちろんそこには、いざという時に責任を誰が取るのかという問題と関わってくるので、難しい問題だと思いますが。
だから、蓄積した経験・知識・人脈の使いどころがない。これが、フリーランスが最終的にまた組織に戻っていく理由の一つだと思います。
もうひとつの理由が、やっぱり労働環境がよくないこと。組織に所属していないので社会保険や福利厚生がないわけですから、その分自分で負担しなくてはいけないにも関わらず、労働に対する対価が安い。
最前線を踏み続けている人に対して、その人の持っている経験・知識・人脈に対する付加価値が考慮されているとは到底思えない価格設定になっているのはやっぱり「補填人員」という意識があるからなんじゃないかと。
このことについては自分も反省する部分があります。
つまり最初にフリーランスになったときはやっぱり不安だったんですね。それまで組織が守ってきてくれたものが、自分のスキルのみを武器にこの世を生き抜かないといけないわけですから。
海のものとも山のものとも知れぬ私に仕事を依頼してくれるのだろうか…とか。
だから正直最初はたとえほぼノーギャラに近い仕事があったとしても「自分に仕事をふってくれること」自体が嬉しかったわけです。だから対価よりも「行動すること」本位で動いて、いろいろな現場を踏めることがすごく勉強になったので、「お金じゃないもので対価を得ている」と思っていました。依頼された仕事に対して採算度外視で120%で返すことを本気で考えていましたし。
でも2年、3年と続けるとやっぱり目が覚めてくるわけですね。フリーランスという、なんの保証もないフィールドで己のみを武器に戦っているのだから、ちゃんと報酬を得るべきだと。そして保証がないからこそ、単に労働時間だけで換算された賃金設定ではいけないのだと。
最初に「労働環境がよくない」って書いたけど、そもそもフリーランスなんだからそこは自分でデザインすべきところでもあるわけですが、そういう意識が持てるまでにやっぱり3年かかりました。それは自分自身の能力に対しての自信や確信が持てるまでにこの時間が私の場合必要だったってことかもしれません。
これまでの話とちょっとずれるかもしれませんが、そもそもフリーランスってほかの業界でいえば、組織に所属している人が経験積んで知識や人脈ができてから移行するものだと思うのですが、この業界、なぜか組織の採用枠に「経験○年以上」とかいう縛りがあったりして、じゃあこの業界で働きたい人は最初はみんなフリーランスから始めるしかないのかい、と。ベクトルが逆ですよね。
人材育成を放棄した業界に未来はないですよ!
今までの話をまとめると、この業界のフリーランスっていうのはある期間通過するものにしかならないんですよね、つまりこんな感じ(超ざっくり)
卒業→「経験○年以上」が満たせないので自力で頑張るフリーランス→疲れて辞める。
卒業→「経験○年以上」が満たせないので自力で頑張るフリーランス→組織に所属→経験積んでフリーランスへ→結局組織に戻る
卒業→組織に所属できた→経験積んでフリーランスへ→結局組織に戻る
フリーランスのままで40歳、50歳を思い描くことが非常に困難です。
ここまでの話は組織に所属することが悪いと言っているわけでは全くないのですよ、あしからず。
フリーランスという生き方を選択しても、それが持続できない現状がどうかってことで。
組織ありきで、その隙間をフリーランスが埋めるのではなくって、組織でもフリーランスでも働き方の選択肢として選べて、それぞれの才能が活かせるようになることが理想だと思うんです。
だから私はあくまでフリーランスで頑張りたい。
そもそも私の性格や才能が活きる働き方はフリーランスだと自分でも思うんですよね。
このエントリーをわざわざ書いたのは、この視点ってこっち側に来てみないとたぶん気づかないものでもあると思うから、ちゃんと見える化しておきたかったんです。
最後に組織の人にお願い。
1.組織の人は打ち合わせの時間もちゃんと給料出るし、交通費も精算できますが、フリーランスは仕事になるまではノーギャラです。そのコストを理解してほしい。
2.お互い合意の上ならまだしも、そうでない場合は最初に謝金は提示してほしい。
今年は新しく始めることがいくつもあるので、また1年経った頃に自分の考え方や見える景色がどれだけ変わるか、我ながら楽しみでもあります!
2015/01/01
2015年★あけましておめでとうございます
2014年4月に「F/T戻りますよー」とブログアップしたきりになっていました(汗)
みなさま、あけましておめでとうございます。
昨年のうちに2014年を振り返っていなかったのでちょっと振り返っておくと、
2014年は自分のHPもMPもガリガリ削って自分がこれだと思う理想のかたちを求めて精一杯頑張ったけれども、自分自身の力不足な点、そして当たり前だけれども自分ひとりではどうしようもないいろいろなことにぶつかって、最終的にはごっそり身体半分くらいこそげ落ちたまま、年末を迎えた感じ、ですかね。
さすがに、片腕もげても士気の落ちなかったエルヴィン隊長(進撃の巨人)のようにはいかなかったですね~。
まだまだ未熟ですね~、私。
2015年は大学院に戻ります。
そして2015年もあらゆることに挑戦はし続けていきたいと思います。
挑戦するためのチャンスが与えられる私の人生は恵まれているなぁ、と思います。
ふと気づくと守りに入りそうになるんですが、そもそも守るほど大したものまだ持っていないし
失って困るものもないので、攻めの姿勢で30代はいきます。
年が明ける直前くらいから、削げ落ちたままの身体が復活してきたような、なんかまた走れそうな気が急にしてきました。
自分が自分であることに誇りを持てるような仕事の仕方をしないとダメですね、ほんと。
それではみなさま今年もどうぞよろしくお願いいたします。
みなさま、あけましておめでとうございます。
昨年のうちに2014年を振り返っていなかったのでちょっと振り返っておくと、
2014年は自分のHPもMPもガリガリ削って自分がこれだと思う理想のかたちを求めて精一杯頑張ったけれども、自分自身の力不足な点、そして当たり前だけれども自分ひとりではどうしようもないいろいろなことにぶつかって、最終的にはごっそり身体半分くらいこそげ落ちたまま、年末を迎えた感じ、ですかね。
さすがに、片腕もげても士気の落ちなかったエルヴィン隊長(進撃の巨人)のようにはいかなかったですね~。
まだまだ未熟ですね~、私。
2015年は大学院に戻ります。
そして2015年もあらゆることに挑戦はし続けていきたいと思います。
挑戦するためのチャンスが与えられる私の人生は恵まれているなぁ、と思います。
ふと気づくと守りに入りそうになるんですが、そもそも守るほど大したものまだ持っていないし
失って困るものもないので、攻めの姿勢で30代はいきます。
年が明ける直前くらいから、削げ落ちたままの身体が復活してきたような、なんかまた走れそうな気が急にしてきました。
自分が自分であることに誇りを持てるような仕事の仕方をしないとダメですね、ほんと。
それではみなさま今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2014/04/02
ご報告:2014年につきまして
なんだかいろいろバタバタしているうちに、あっという間に4月ですね。
来週には大学院の入学式があり、そこから神戸での新生活が始まる…予定だったのですが、
実は3月に大学の入学手続きを行った際、そのままその足で教務課に行き休学の手続きも行いました。つまり大学院入学とともに休学、という選択をしました。
大学院進学にあたってお祝いのお言葉をいただいた皆様には大変心苦しくもあるのですが、
入学を辞めた訳では決してなく、延期、ということで何卒ご理解いただければ幸いです。
今も学びの意欲は依然変わらず強く強く持ち続けています。
今年は大学院に行く代わりに
フェスティバル/トーキョーに復帰し、制作チーフとして次回のフェスティバルの立ち上げに参加させていただくことになりました。
この決断により、いろいろな方にご迷惑をおかけすることになりましたが、
理解してくれた家族、友人、舞台関係者の方々、出戻った私を迎え入れてくれたF/Tの仲間には心からに感謝しております。大学院の先生は本当に親身に相談に乗ってくださり、入学する前からこの先生のことは一生裏切るまいと心に誓いました…。
そして何よりも「次のF/Tの立ち上げを私もやりたいです!」と某バスケ漫画の某氏ばりに(気持ちと勢い的に)お願いした私のことを受け入れてくれた新ディレクターの市村さんにも感謝しております。
立ち上げから4回のフェスティバルを経験し、そして2年間離れてフリーランスとして活動し、その中と外で培った私の知識と経験が今年活かせるといいなと思っています。
F/Tに戻ることをある方にお伝えした際に、「自分が納得いかないことをそのままにできない性格だよね」と言われましたが、本当にそうなんですよね…。
あと親しい人たちには何人にも「やっぱり武士だよね…」と言われました。
というわけで私は2014年も引き続き東京にいることになりました。
こんな私ですが、行き当たりばったりなようでも常に全力で生きておりますので、これに懲りず
今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
来週には大学院の入学式があり、そこから神戸での新生活が始まる…予定だったのですが、
実は3月に大学の入学手続きを行った際、そのままその足で教務課に行き休学の手続きも行いました。つまり大学院入学とともに休学、という選択をしました。
大学院進学にあたってお祝いのお言葉をいただいた皆様には大変心苦しくもあるのですが、
入学を辞めた訳では決してなく、延期、ということで何卒ご理解いただければ幸いです。
今も学びの意欲は依然変わらず強く強く持ち続けています。
今年は大学院に行く代わりに
フェスティバル/トーキョーに復帰し、制作チーフとして次回のフェスティバルの立ち上げに参加させていただくことになりました。
この決断により、いろいろな方にご迷惑をおかけすることになりましたが、
理解してくれた家族、友人、舞台関係者の方々、出戻った私を迎え入れてくれたF/Tの仲間には心からに感謝しております。大学院の先生は本当に親身に相談に乗ってくださり、入学する前からこの先生のことは一生裏切るまいと心に誓いました…。
そして何よりも「次のF/Tの立ち上げを私もやりたいです!」と某バスケ漫画の某氏ばりに(気持ちと勢い的に)お願いした私のことを受け入れてくれた新ディレクターの市村さんにも感謝しております。
立ち上げから4回のフェスティバルを経験し、そして2年間離れてフリーランスとして活動し、その中と外で培った私の知識と経験が今年活かせるといいなと思っています。
F/Tに戻ることをある方にお伝えした際に、「自分が納得いかないことをそのままにできない性格だよね」と言われましたが、本当にそうなんですよね…。
あと親しい人たちには何人にも「やっぱり武士だよね…」と言われました。
というわけで私は2014年も引き続き東京にいることになりました。
こんな私ですが、行き当たりばったりなようでも常に全力で生きておりますので、これに懲りず
今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
2014/01/01
2013年回顧と2014年の抱負。
みなさまあけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします!!
2014年は自分にとって追い風の吹く1年になるような気がしている。
これまで鬱積していたいろいろなものを原動力に、一気に走りだす年にしたい。
2013年は学びの1年だった。自分の目と耳を研ぎ澄まして、人の動きや発言をじっと見守る1年。
自分の仕事の内容も(まぁフリーランスの制作者ってそういうものだけど)、自分で考えて自分で動き回るというより、誰かの思いやビジョンを実現化するために、その枠組みを組み立てるようなお仕事をいろいろ任せてもらったと思う。
そのなかで再確認したのは、やっぱり重要なのは人と人との信頼とか、相手を尊敬・尊重する気持ちで、それがないと人も物事も動くわけがないなぁということ。鋳型を作ってそこに何かをはめ込もうとしても絶対にうまくいかない。でもそこに誰か一人「求心力」となる人がいれば、一気にいろんなことが動き始めるんだなぁということ。
いろいろなことがあった2013年でしたが、おおきなことだけ回顧。
本年もどうぞよろしくお願いいたします!!
2014年は自分にとって追い風の吹く1年になるような気がしている。
これまで鬱積していたいろいろなものを原動力に、一気に走りだす年にしたい。
2013年は学びの1年だった。自分の目と耳を研ぎ澄まして、人の動きや発言をじっと見守る1年。
自分の仕事の内容も(まぁフリーランスの制作者ってそういうものだけど)、自分で考えて自分で動き回るというより、誰かの思いやビジョンを実現化するために、その枠組みを組み立てるようなお仕事をいろいろ任せてもらったと思う。
そのなかで再確認したのは、やっぱり重要なのは人と人との信頼とか、相手を尊敬・尊重する気持ちで、それがないと人も物事も動くわけがないなぁということ。鋳型を作ってそこに何かをはめ込もうとしても絶対にうまくいかない。でもそこに誰か一人「求心力」となる人がいれば、一気にいろんなことが動き始めるんだなぁということ。
いろいろなことがあった2013年でしたが、おおきなことだけ回顧。
2013/12/31
前世のはなし(笑)
あっという間に大晦日ですね。2013年は本当にいろんなことがありました。
今年の漢字は『輪』らしいですが、私の1年を漢字で例えるなら『悶』あたりですかね。
端から見るとどうだったかは分かりませんが、今年はとにかく苦悩と葛藤で悶々としてた時期がとにかく長かったように思います。今はもうその時期も脱し、明日から始まる2014年に胸を膨らませていますが。
今年心に残った出来事の中でも特に衝撃的で、そして誰に話しても大爆笑される出来事をせっかくだから大晦日にアップしておこうかと思います。
以前Facebookにもアップして、友人たちからコメント大フィーバーいただいたので、既に知ってる人は知ってる話なのですが。タイトル通り「前世のはなし」です。
こういう話に興味のない方は読んでも面白くないので、このあたりでやめてぜひ部屋の片づけにでもとりかかってください(笑)
今年の漢字は『輪』らしいですが、私の1年を漢字で例えるなら『悶』あたりですかね。
端から見るとどうだったかは分かりませんが、今年はとにかく苦悩と葛藤で悶々としてた時期がとにかく長かったように思います。今はもうその時期も脱し、明日から始まる2014年に胸を膨らませていますが。
今年心に残った出来事の中でも特に衝撃的で、そして誰に話しても大爆笑される出来事をせっかくだから大晦日にアップしておこうかと思います。
以前Facebookにもアップして、友人たちからコメント大フィーバーいただいたので、既に知ってる人は知ってる話なのですが。タイトル通り「前世のはなし」です。
こういう話に興味のない方は読んでも面白くないので、このあたりでやめてぜひ部屋の片づけにでもとりかかってください(笑)
2013/12/29
私と舞台芸術と社会について。
12月23日~25日に吉祥寺シアターで開催された「演劇人のための鈴木教室」に参加させていただきました。参加者には学生も俳優も演出家も制作者もおり、そこでいろいろな話が繰り広げられたのですが「演劇と社会(と私)」について、再度自分自身に問い直す貴重な機会になったと思います。
「舞台芸術と社会と私」について、実は自分にとってはとても重要なエピソードがあるのですが、今まで特に誰かに話したりもしていなかったのでこれをきっかけにここに書いておこうかな、と思いました。
「舞台芸術と社会と私」について、実は自分にとってはとても重要なエピソードがあるのですが、今まで特に誰かに話したりもしていなかったのでこれをきっかけにここに書いておこうかな、と思いました。
とても個人的な話なのですが。
舞台芸術が社会の役に立つのか、役に立つとすればそれはどういう形でか、その問いに私自身は答えを見つけられず、悶々としている時期がありました。2010年あたりからです。
自覚したのがその時期、というだけでもっと前からそのことについては思い悩んでいたような気もします。
自分が進む道は舞台芸術じゃなくてもいいのかもしれない、そろそろ普通の会社とかに転職するころなのかなぁ、などと考え始めた30歳目前の頃。
舞台芸術が社会の役に立つのか、役に立つとすればそれはどういう形でか、その問いに私自身は答えを見つけられず、悶々としている時期がありました。2010年あたりからです。
自覚したのがその時期、というだけでもっと前からそのことについては思い悩んでいたような気もします。
自分が進む道は舞台芸術じゃなくてもいいのかもしれない、そろそろ普通の会社とかに転職するころなのかなぁ、などと考え始めた30歳目前の頃。
2013/09/11
なぜいまさら大学院に進学しようと思ったか。
大学院に合格しました!
いろいろな方にご相談したり、本を薦めていただいたりして、お世話になったみなさま本当にありがとうございました。
受験前後に応援メッセージをくださった皆様も本当に感謝、感謝です。
初心が大事、ということで私がなぜ大学院を目指したかをここに書いておこうと思います。
現実逃避して流されそうになった時、これを読んで(その時に「なんか甘ぇことかいてんな、自分」と思う可能性も大ですが)原点に立ち返れるように。
まず「大学院」を考えるようになったのはやはり、昨年1年間の韓国での生活がきっかけです。
韓国にいたときにNext「制作手帖」でコラム執筆の機会をいただき、月に1回記事を書いていましたが、その最終回で私は下記のようなことを書いています。
“ある政策、アーティストへの支援体制、今舞台芸術界で起こっている現象、それだけを切り取って断片で見ても肝心なものが見えてきません。1年前に隣の芝生が青々と見えていた私も、実際に韓国人社会に飛び込んで、時給5,500ウォンでバイトをしながら韓国人の考え方を学び、少しずつ、少しずつ、「なぜそれがそうなったか」を理解できるようになってきました。日本と韓国を比べて、韓国のシステムのほうがいいところもあれば改善すべきところもあるし、逆もまた然りです。舞台芸術だって社会とつながっている以上は、その社会の政治、経済、歴史、思想の影響を当然受けるし、逆にそれらを知った上でなければ見えてこないものがたくさんあります。私のこの1年のキーワードを挙げるとすれば「無知の知」だと思います。自分がいかに無知で何もわかっていないかを学んだ2012年でした。今後も常に考え続け、学び続けなくてはいけない、知ったつもりになるのが一番恐ろしいと、改めて感じた1年でした。”
いろいろな方にご相談したり、本を薦めていただいたりして、お世話になったみなさま本当にありがとうございました。
受験前後に応援メッセージをくださった皆様も本当に感謝、感謝です。
初心が大事、ということで私がなぜ大学院を目指したかをここに書いておこうと思います。
現実逃避して流されそうになった時、これを読んで(その時に「なんか甘ぇことかいてんな、自分」と思う可能性も大ですが)原点に立ち返れるように。
まず「大学院」を考えるようになったのはやはり、昨年1年間の韓国での生活がきっかけです。
韓国にいたときにNext「制作手帖」でコラム執筆の機会をいただき、月に1回記事を書いていましたが、その最終回で私は下記のようなことを書いています。
“ある政策、アーティストへの支援体制、今舞台芸術界で起こっている現象、それだけを切り取って断片で見ても肝心なものが見えてきません。1年前に隣の芝生が青々と見えていた私も、実際に韓国人社会に飛び込んで、時給5,500ウォンでバイトをしながら韓国人の考え方を学び、少しずつ、少しずつ、「なぜそれがそうなったか」を理解できるようになってきました。日本と韓国を比べて、韓国のシステムのほうがいいところもあれば改善すべきところもあるし、逆もまた然りです。舞台芸術だって社会とつながっている以上は、その社会の政治、経済、歴史、思想の影響を当然受けるし、逆にそれらを知った上でなければ見えてこないものがたくさんあります。私のこの1年のキーワードを挙げるとすれば「無知の知」だと思います。自分がいかに無知で何もわかっていないかを学んだ2012年でした。今後も常に考え続け、学び続けなくてはいけない、知ったつもりになるのが一番恐ろしいと、改めて感じた1年でした。”
2013/03/01
ミュージカルも公演も展示も。ソウルに来るなら4月8日の週がおすすめ☆
みなさま、ご無沙汰しておりました…。
実は昨年末に日本に帰国しまして、1月の正月休み明けから2月下旬まで国際舞台芸術ミーティング in 横浜2013(TPAM in Yokohama 2013)にスタッフとして関わっておりました。
いろいろ忙しくって更新サボっててごめんなさい!(言い訳)
帰国の報告を怠っていたため、TPAMで再会したみなさんにもなんで日本にいるんだって結構驚かれました…。
昨年の自分のお仕事も改めてまとめてみたりしましたよ。
さぁてさてさて、久々の更新なのですが
今年の春にソウルで見られる公演、展示が自分的にかなり面白い、興味深いものが揃っているんです。
もし同時代の舞台芸術、美術に興味があって、この春にソウルに来ようと考えている方がいれば4月8日~14日の一週間を特にお勧めしたい!
2泊3日、3泊4日でも飛行機の時間とスケジューリングをうまくやれば、素晴らしく充実した時間が過ごせると思うんですよね。
いろんなところに散らばってる情報をここに集結しますよ。
ちなみに私も3月中旬から4月下旬までの1か月はソウルにいる予定です。
成田―仁川でLCCのエア・アジアも就航したことだし、とにかく来ちゃえばいいと思うの☆
※タイトルをクリックすると各公式ページ、もしくは主催者サイト、チケット取扱いサイトに飛びます。
※一部ソウルではないものもありますが、時間があれば足を運ぶ価値があると思うので併せて記載しました。
《公演》
4/6~5/1 ミュージカル『レ・ミゼラブル』
現在映画が大ヒット上映中のミュージカル『レ・ミゼラブル』の韓国版がついに!ただでさえ韓国のミュージカルはクオリティが高いのに、本作のキャスト選定にあたっては10か月間にもわたるオーディションによって2000人の中から選出。最高のキャストによる韓国版『レ・ミゼラブル』は必見。
4/8、9 山下残+アン・エスン舞踊団 韓国版『そこに書いてある』(Festival Bo:m)
2002年に伊丹アイホールで初演後、京都、福岡、ブリュッセル、イスタンブールでも上演された山下残の代表作を、アン・エスン舞踊団とのコラボレーションで上演。
4/10~14 フォーサイス・カンパニー 『Heterotopia』(Festival Bo:mとSeongnam Arts Centerの共同主催)
大劇場で上演するにも関わらず少数の観客しか入場することができない本作は、フーコーの概念をタイトルに引用し、言語と非言語、身体と概念、コミュニケーションと断絶を混在させる。2006年初演。
4/11~14 イ・ヨンジン 『We’re Gonna Die』 (Festival Bo:mとDoosan Art Centerの共同主催)
2011年のObie Award* 受賞作品。メメントモリ、いつかは必ず死ぬという絶対的真理を前に、アマチュア俳優たちが自分の人生を歌いだす。
*Off-Broadway Theater Awardsの略で、その年にニューヨークで上演された優れた舞台に与えられる賞
4/12~14 ソ・ヒョンソク 『Stage Fright (h u r t / h e l p) 』(Festival Bo:m)
2012年のフェスティバル/トーキョー公募プログラムの審査員も務めたソ・ヒョンソクが、人間の弱さ、コミュニケーションの向こうの存在論的ひっ迫をテーマとした待望の新作を発表。
4/13~16 ナム・ファヨン 『Dimensions Variable』 (Festival Bo:m)
美術の分野で使用される用語「Dimensions variable」。展示物の大きさ、位置などが空間の変化に応じて、さまざまな方法で配置される、または可能性があることを意味する。その可変属性を時間領域に拡張させてみるとどのような状況が起きるだろうか。Dimensions variableの概念を美術館から劇場へと拡張する試み。
※Festival Bo:mについては昨年書いた記事も参考にしていただければ。
《展示》
2/7~6/16 Nam June Paik Art center 企画展 『Tireless Refrain』
タイトルに「リフレイン」とあるように、アーティストたちが特定の行動を持続し、繰り返すことでどのように現実への批判的視点や意識を呼び覚ますのかを問いかけとした展示。芸術家の「政治性」もテーマとする。(Nam June Paik Art centerは実はソウルではないのでご注意。高速バスでソウルから30分~45分程度。)
3/28~6/2 サムスン美術館リウム 企画展 『MISE-EN-SCENE 演出された場面』(現在詳細は韓国語サイトのみ)
「MISE-EN-SCENE」は、もともと演劇などで舞台の場面演出を指す言葉だが、映画では画面上の視覚的な構成要素を総称する広い用途で使用される。 この展示は、これらの映画的なツールを活用した作家たちを通じ、現代美術におけるシーン演出の意味を探そうとする。
3/5~4/14 ソウル大学校美術館、国際交流基金 『Re:Quest―1970年代以降の日本現代美術』展
1970年以降の作品より、今もなお影響を与え続けている重要な美術家の作品から若手作家の作品まで、日本現代美術の40年間を多角的な視点から概観する展示。
あとは、別におすすめってわけじゃないんですけど、ソウル市立美術館では4/14まで『ティム・バートン展』やってます。
これに加えて、ショッピングもエステ(サウナもあかすりも!)もグルメも堪能しなきゃでしょ!
特にワタリガニを醤油タレに付け込んだ「カンジャンケジャン」は春はカニの卵が大きく別格においしい季節らしいです。
あと、韓国ではもちろんユッケもレバ刺しも食べれるしね!
じゃあみなさん、そういうことで一足お先にソウルで待ってます☆
実は昨年末に日本に帰国しまして、1月の正月休み明けから2月下旬まで国際舞台芸術ミーティング in 横浜2013(TPAM in Yokohama 2013)にスタッフとして関わっておりました。
いろいろ忙しくって更新サボっててごめんなさい!(言い訳)
帰国の報告を怠っていたため、TPAMで再会したみなさんにもなんで日本にいるんだって結構驚かれました…。
昨年の自分のお仕事も改めてまとめてみたりしましたよ。
さぁてさてさて、久々の更新なのですが
今年の春にソウルで見られる公演、展示が自分的にかなり面白い、興味深いものが揃っているんです。
もし同時代の舞台芸術、美術に興味があって、この春にソウルに来ようと考えている方がいれば4月8日~14日の一週間を特にお勧めしたい!
2泊3日、3泊4日でも飛行機の時間とスケジューリングをうまくやれば、素晴らしく充実した時間が過ごせると思うんですよね。
いろんなところに散らばってる情報をここに集結しますよ。
ちなみに私も3月中旬から4月下旬までの1か月はソウルにいる予定です。
成田―仁川でLCCのエア・アジアも就航したことだし、とにかく来ちゃえばいいと思うの☆
4月上旬~のおすすめ公演/企画
※タイトルをクリックすると各公式ページ、もしくは主催者サイト、チケット取扱いサイトに飛びます。※一部ソウルではないものもありますが、時間があれば足を運ぶ価値があると思うので併せて記載しました。
《公演》
4/6~5/1 ミュージカル『レ・ミゼラブル』
現在映画が大ヒット上映中のミュージカル『レ・ミゼラブル』の韓国版がついに!ただでさえ韓国のミュージカルはクオリティが高いのに、本作のキャスト選定にあたっては10か月間にもわたるオーディションによって2000人の中から選出。最高のキャストによる韓国版『レ・ミゼラブル』は必見。
4/8、9 山下残+アン・エスン舞踊団 韓国版『そこに書いてある』(Festival Bo:m)
2002年に伊丹アイホールで初演後、京都、福岡、ブリュッセル、イスタンブールでも上演された山下残の代表作を、アン・エスン舞踊団とのコラボレーションで上演。
4/10~14 フォーサイス・カンパニー 『Heterotopia』(Festival Bo:mとSeongnam Arts Centerの共同主催)
大劇場で上演するにも関わらず少数の観客しか入場することができない本作は、フーコーの概念をタイトルに引用し、言語と非言語、身体と概念、コミュニケーションと断絶を混在させる。2006年初演。
4/11~14 イ・ヨンジン 『We’re Gonna Die』 (Festival Bo:mとDoosan Art Centerの共同主催)
2011年のObie Award* 受賞作品。メメントモリ、いつかは必ず死ぬという絶対的真理を前に、アマチュア俳優たちが自分の人生を歌いだす。
*Off-Broadway Theater Awardsの略で、その年にニューヨークで上演された優れた舞台に与えられる賞
4/12~14 ソ・ヒョンソク 『Stage Fright (h u r t / h e l p) 』(Festival Bo:m)
2012年のフェスティバル/トーキョー公募プログラムの審査員も務めたソ・ヒョンソクが、人間の弱さ、コミュニケーションの向こうの存在論的ひっ迫をテーマとした待望の新作を発表。
4/13~16 ナム・ファヨン 『Dimensions Variable』 (Festival Bo:m)
美術の分野で使用される用語「Dimensions variable」。展示物の大きさ、位置などが空間の変化に応じて、さまざまな方法で配置される、または可能性があることを意味する。その可変属性を時間領域に拡張させてみるとどのような状況が起きるだろうか。Dimensions variableの概念を美術館から劇場へと拡張する試み。
※Festival Bo:mについては昨年書いた記事も参考にしていただければ。
《展示》
2/7~6/16 Nam June Paik Art center 企画展 『Tireless Refrain』
タイトルに「リフレイン」とあるように、アーティストたちが特定の行動を持続し、繰り返すことでどのように現実への批判的視点や意識を呼び覚ますのかを問いかけとした展示。芸術家の「政治性」もテーマとする。(Nam June Paik Art centerは実はソウルではないのでご注意。高速バスでソウルから30分~45分程度。)
3/28~6/2 サムスン美術館リウム 企画展 『MISE-EN-SCENE 演出された場面』(現在詳細は韓国語サイトのみ)
「MISE-EN-SCENE」は、もともと演劇などで舞台の場面演出を指す言葉だが、映画では画面上の視覚的な構成要素を総称する広い用途で使用される。 この展示は、これらの映画的なツールを活用した作家たちを通じ、現代美術におけるシーン演出の意味を探そうとする。
3/5~4/14 ソウル大学校美術館、国際交流基金 『Re:Quest―1970年代以降の日本現代美術』展
1970年以降の作品より、今もなお影響を与え続けている重要な美術家の作品から若手作家の作品まで、日本現代美術の40年間を多角的な視点から概観する展示。
あとは、別におすすめってわけじゃないんですけど、ソウル市立美術館では4/14まで『ティム・バートン展』やってます。
これに加えて、ショッピングもエステ(サウナもあかすりも!)もグルメも堪能しなきゃでしょ!
特にワタリガニを醤油タレに付け込んだ「カンジャンケジャン」は春はカニの卵が大きく別格においしい季節らしいです。
![]() |
| カンジャンケジャン |
じゃあみなさん、そういうことで一足お先にソウルで待ってます☆
2012/04/22
GoogleのARメガネは演劇の字幕にぴったり★
今月の初め、こんなニュースが出ました。
(2012年4月5日)
この記事を読んで最初に思ったのが、「このメガネが実用化されれば、ようやく字幕問題が解決できるかも~!」ということでした。
字幕問題というのは、海外の舞台芸術の作品を鑑賞するときの字幕の見ずらさのことです。
海外の舞台芸術作品を劇場で見たことがある人ならば誰しも感じたことがあるのではないでしょうか。
俳優の動きをじっくり見たいのに、視点をそこに合わせてると字幕が読めない(=内容が追えない)から、メインは字幕を見つつたまーに俳優を見る…。
もしくは、俳優の動きをじっくり見る代わりに内容を理解するのを諦める、そんな身を引き裂かれる思いのことを字幕問題と勝手に呼んでいます。
でもそもそも、字幕を追っていて俳優が観れないなんて本末転倒ですよね…。
2012/01/09
「語学堂」で韓国語を勉強するの巻
今日から学校が始まりました。
私は、延世(よんせ)大学の語学堂に通っているのですが、
おそらく多くの方は「語学堂」という名前を聞いたことがないと思います。
なので、今回は韓国で韓国語を勉強するには?ということについて書こうと思います。
まず、韓国の学校に通って韓国語を学ぶ場合、選択肢は2つあります。
1)大学付属の語学学校(語学堂)
2)民間の語学学校
私は、延世(よんせ)大学の語学堂に通っているのですが、
おそらく多くの方は「語学堂」という名前を聞いたことがないと思います。
なので、今回は韓国で韓国語を勉強するには?ということについて書こうと思います。
まず、韓国の学校に通って韓国語を学ぶ場合、選択肢は2つあります。
1)大学付属の語学学校(語学堂)
2)民間の語学学校
2012/01/07
ワーキングホリデーとは?
昨日からソウルでの生活が始まりました。
ソウルに来たというよりも、「ようやく帰ってこれた」感覚が強いんですよね。
これはなんでしょうか。
さて、話は変わって…
渡韓する私がよく聞かれた質問のひとつが
「ビザってどうしてるの?」という質問でした。
今回、私が取得しているのは、韓国の「ワーキングホリデービザ」です。
ソウルに来たというよりも、「ようやく帰ってこれた」感覚が強いんですよね。
これはなんでしょうか。
さて、話は変わって…
渡韓する私がよく聞かれた質問のひとつが
「ビザってどうしてるの?」という質問でした。
今回、私が取得しているのは、韓国の「ワーキングホリデービザ」です。
2012/01/04
息苦しさとか、閉塞感みたいなものについて
今やっていることが無性に無駄に感じたり、
これでいいいのか不安になったり、
息苦しさとか、閉塞感みたいなものがやってくるときは
私の場合は、思考のスパンが短くなってる時が多いです。
今日、明日、1か月後、3か月後、半年後、そんなすぐに手が届くところばかり見ていると
一歩の歩みが重苦しく感じます。
五里霧中とはうまく言ったもので、
まさに霧の中をひたすら体力消耗しながらさまよっている感じ。
それがさらに焦りを増して、負のスパイラルに迷い込んだり。
そういう症状に陥った時は、
とりあえず2年後の自分を想像することにしています。
2年後の自分がこうだから、今自分はこれをやっているんだ、と
逆算をして今の立ち位置を自分の人生の中に位置づけてあげると
進行方向が見えてきて楽になります。
この2年後の自分像は、かなりこまめにアップデートされており、
またある瞬間180度方向転換したりもするのですが、
2年後というのは、リアルに想像できる「ちょうどよい未来」なんです。
たぶんこれが5年とか10年だと、リアリティがなくて逆にダメなんですよね。
そして、もし2年後の自分像が想像できないようなときは、「充電」が必要だと思っています。
旅に出るとか、引きこもってひたすら読書するとか。
そこまで心が渇ききってるときは、無理やり何かを絞り出そうとすると逆効果で、
捏造した自分の2年後像に苦しめられることになりかねません。
今回韓国に住むことは、まさに2年位前からぼんやり考え始めたことなので
あのときの未来に今いるんだなーって感じです。
じゃあこれから2年後の私はどうなっているんだろうっていうのは
本当に想像がつかないんですが、
あれができていたらいいいなぁ、っていう目標は持っています。
そんなわけで、2012年もどうぞよろしくおねがいいたします。
2011/12/31
海外放浪時代その3 (アジア篇)
海外放浪時代
その1(カナダ/モントリオール)はこちらその2(エクアドル)はこちら
予想外に長くなってきたので、ここからは急ぎ足で!
南米縦断の夢が一か国で終わった私は、その代わりに「東アジア周遊」を新たに計画。
そして計画はすぐさまシンガポールを出発地に実行に移されました。
(はい、めっちゃ駆け足でいきます!)
海外放浪時代その2 (エクアドル)
海外放浪記その1、カナダ/モントリオールはこちら
2007年 エクアドル
3か月かけて南米大陸を縦断する計画を立てて、一か国目エクアドルに到着した私。
しかし、モントリオール(街で一番高いMount Royalでさえ海抜232m)から、キト(海抜2850m)へ
一気に移動した私を待ち受けていたのは高山病でした。
軽度の高山病ではありましたが、約1週間ほど
頭痛、めまい、食欲不振、睡眠障害、吐き気、顔や手足のむくみ、全身の倦怠感という
典型的な症状に悩まされることになりました。
2007年 エクアドル
3か月かけて南米大陸を縦断する計画を立てて、一か国目エクアドルに到着した私。
しかし、モントリオール(街で一番高いMount Royalでさえ海抜232m)から、キト(海抜2850m)へ
一気に移動した私を待ち受けていたのは高山病でした。
軽度の高山病ではありましたが、約1週間ほど
頭痛、めまい、食欲不振、睡眠障害、吐き気、顔や手足のむくみ、全身の倦怠感という
典型的な症状に悩まされることになりました。
海外放浪時代その1 (カナダ/モントリオール)
メール、Facebook、twitter等で暖かいコメントありがとうございます。
さらに身が引き締まる思いです。
皆様の期待を裏切らない、いや、斜め上位をいけるよう(笑)頑張ります。
たくさんいただいたコメントやメールの中に「バックパッカーやってたこと知らなかった」という意見が多かったので(そりゃそうですよね・・・)
ちょっとまとめてみました。
F/Tでの同僚にも、ちゃんと順を追って話したことはなかったので
たまに出てくる突拍子もない私の体験談によって、私は「虚言癖」疑惑がありましたが
これで晴らしたいと思います。
(でも長くなるので、細かいところは端折ります。)
登録:
投稿 (Atom)


